BREXITの最新動向と企業が今できること

01 November 2018

国民投票から1年4ヶ月

2016年6月25日に弊社コラム欄に「英国EU離脱決定―視点を変えれば新たなビジネスチャンスも」を掲載してから、1年4ヶ月が経過、2019年3月29日の離脱まで半年を切りました。今では「Brexit(ブレグジット)」という言葉はすっかり定着し、英国のニュースでは毎日必ずと言って良いほど取り上げられています。

 

この間、政局も大きく変化しました。2017年6月の総選挙の結果、保守党は単独過半数を失い、民主統一党(北アイルランド)との閣外協定に頼らざるを得なくなりました。保守党内においても離脱派、残留派の対立が顕著になっており、英国議会の「劇場」状態が毎日のように紙面を賑わせています。国民からの信任を得、英国議会が一丸となってBrexitに取り組むことを狙ったメイ首相にとっては大きな誤算だったことでしょう。

 

EUとの交渉も紆余曲折をたどっています。アイルランドの国境問題が解決できない中、「すべてが同意されるまでは何も同意しない(”nothing is agreed until everything is agreed”)」とするEUとの交渉は膠着状態にも見え、一旦は回避された「合意なき離脱 ”No Deal”」の可能性も、ここにきて再び浮上しています。その一方で、10月17日、EU首脳会議においてメイ首相が示したBrexit後の現在の移行期間(21ヶ月)を延長する提案に対し、EU側が前向きな反応を見せている点は今後の動向を注視したいところです。

 

先が見えない中で

国民投票から1年4ヶ月の間、様々な交渉が行われているとはいえ、最終的なBrexitの形は決定しておらず、どのように決着するのか誰にも分からないというのが実状です。英国政府もEUとの交渉の手の内をすべて明らかにはしないことでしょう。

 

英国企業、あるいは英国とビジネスを行う企業にとっては、この「何も決定されていない」という状態では動きようがないものの、今からできる対策は少しでも取っておきたいものです。そこで、英国政府、日本政府、商工会議所、経済学者、政治評論家、複数の企業にヒアリングを行い、少しでも方向性を見極めようと試みました。複数の情報源であるとはいえ限られた情報範囲内でもあること、そして私の個人的解釈・見解を加えたものであることをあらかじめご理解いただけましたら幸いです。

 

アイルランドの国境問題

 

現在、Brexit後のアイルランドと英国領北アイルランドの国境をどのように設定すべきかが大きな議論となっています。

英国・EU共に、厳格な国境管理を設けない方向性自体は一致しています。アイルランド・北アイルランド間には現在200を超える地点で往来が可能であり物理的に困難ということもありますが、安全保障上の問題がその最大の理由です。和平協定が締結された1998年まで、アイルランド共和軍 (IRA)によるテロがイングランドにおいても頻発。爆弾予告で避難した経験はまだ英国人の記憶に新しいのです。

和平から20年経った今もプロテスタント系とカトリック系の対立の火種はまだくすぶっているとも言われており、英国、EU共にこの問題を慎重に扱っています。

 

アイルランドにおいて厳格な国境管理や関税手続を避けるということは、アイルランド・北アイルランド共にEU関税同盟に残ることを意味し、そのためには英国全体も残らなければなりません。しかし、英国全体が関税同盟に残るとなれば、貿易協定や関税はEUの取り決めに準拠せざるをえず、英国独自の判断は許されないことを意味します。EU側は、関税同盟に残りつつ英国独自で取り決めができるといった「いいとこ取り」はさせない姿勢を崩しておらず、英国にとって大きなジレンマとなっているのです。

 

英国政府、商工会議所の対応

英国政府はBrexit決定後間もなく専門の部署Department for Exiting the European Unionを発足させました。私の知り合いの政府関係者複数名がこの部署へ異動しましたが、その様子から、単なる国際貿易だけでなく様々な業界の専門家を擁し、多方面からの対策を取ろうとしていることが推察できます。

 

また、Brexit後、商工会議所の役割の重要性が増したとも感じます。英国認定商工会議所の最上位組織である英国商工会議所(British Chamber of Commerce)では、アダム・マーシャル事務局長自身が英国各地に足を運び集めた産業界の現状や意見を直接政府(首相、大臣レベル)に進言しています。私が支援しているテムズバレー商工会議所においても、Brexit関連の討議会を定期的に開催し、英国商工会議所のみならず首相へも直接意見書を送るなどしています。政府側も商工会議所からの情報や意見を産業界の声として重く受け止めているように見受けられます。

 

最終合意を待たずに進められる対策

英国政府、商工会議所共に、英国とEUの最終合意を待たずとも始められる事項については、早急に行動を起こしています。

 

例えば、現行のEU法規制の中には「各国の基準で定めて良い」とされるものもあり、該当の法規制についてはすでに英国の基準への変更を開始しているそうです。もっともEU法規制は元を辿ると英国が発祥というものも多く、英国にとってあまり違和感はないでしょう。

 

輸出入手続きや関税については、交渉の最終段階になるまで明確にならないと思われます。しかしながら、国境ができるために何らかの手続きは必要になると見られており、英国政府が輸出入手続や港・空港における入国管理業務の人員の増員を数百人規模で行なっているという情報も得ています。また、貿易関連各種証明書を取り扱う商工会議所でも、手続と業務の効率化を図っています。

これらは、離脱後の影響を最小限に留めるための努力のほんの一例にすぎません。

 

日英関係

 

英国にとってアジア地域諸国は重要なパートナーです。前政権では中国への傾倒が特に際立っていましたが、現政権では、中国との関係を引き続き非常に重視する点は変わらないものの、日本との距離感もまた以前より縮まったように感じています。

メイ首相をはじめとする大臣級官僚が日本に訪問した際は、日本側より大変な歓待を受け、英国外務大臣ジェレミー・ハント氏がメモなしで日本語のスピーチをしたことも話題になりました。

10月上旬、安倍首相が英国をCPTPPへ歓迎すると明言したことも、特に離脱派を中心に好意的に受け取られています。

 

私が英国政府関係者にヒアリングしたところでは(EUとの交渉の結果、英国が単独貿易交渉を実現できればという前提があれば)英国は日本―EU経済連携協定(EPA)を周到する方向で動いていると思われます。

単独交渉が可能になればEUのように27カ国の合意が必要ないため、よりスムーズに運ぶという利点があります。

CPTTP 加入の可能性について聞いてみたところ、米国が再加入することになれば交渉が困難を極めるリスクが懸念されることから、一つのオプションではあるものの米国の出方次第でもあるようです。

 

企業として今できることとは

何も決定していない現状だからこそ、企業が自らBrexitの影響を分析し最悪のシナリオにも対策を講じておく必要があり、英国政府、英国商工会議所などもそれを支援するための指針を出しています。(*1)

とはいえ、Brexitをネガティブ要素として決めつける論調や、政治家の権力争いを大袈裟に書き立てる報道に対しては、振り回されず冷静な分析・判断をいただきたいものです。

 

企業にとって今一番大切なのは、一般論ではなく、自社で進めようとしている事業のレベルまで詳細を落とし込んで精査することではないでしょうか。

例えば日本から英国市場への参入を検討されている場合、為替やEUからの人員など間接的な影響を受けるものも確かにありますが、一方で影響をほぼ受けないものもあります。特に、英国が世界を牽引する分野や成長産業となっている分野では、英国内に限ったとしても多くのビジネスチャンスが見込めます。これらは英国政府の産業政策、補助金政策、産業界のキープレーヤーの動きなどを分析すれば、より明確に見えてきます。

また、世界的にデジタル化、サービス化が進んでいますが、これは英国が得意とする分野でもあり、Brexitの影響はほぼないと言えるでしょう。

 

EUを離脱してしまったら英国はもはや欧州の玄関口ではなくなるという指摘もあります。確かに否定はできませんが、そうなるとしても有能な人材、雇用のし易さ、低率法人税など、英国内でのビジネスにおけるメリットは変わらないでしょう。

そして英国、欧州のみならず世界全体を見た場合、特に米国を中心とする保守主義の動きが強まる中、英連邦53か国に対する“交渉窓口”としての英国の役割はますます重視されてゆくのではとも感じています。それを見越してなのか、英国はBrexit決定後、英連邦諸国との関係性をあらためて強化しようとしているとも聞きます。

 

Keep Calm and Carry On

最近多くの方から「まだ何も決まっていないとはいえ、英国は最終的にどうなると思いますか?」と投げかけられます。それに対し私は「大変なことは多々あるでしょうが、きっとなんとかするでしょう。」とお答えしています。

前述の理由もありますが、英国人には元来、このような難局を乗り越える島国根性、強さがあるからです。よく愚痴を言い、自虐的なジョークを連発しつつ、難局にもしっかり向き合い前に進む―英国人はそんな国民性を持っています。

アカデミー賞を受賞した映画「Darkest Hour (邦題:ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男)」にはそういった彼らの気質がよく描写されていますので、是非一度ご覧いただけたらと思います。

 

Brexit後、Brexitをリスクとして静観に徹した企業といち早く対策を含む行動を起こした企業の間にすでに大きな差が生まれていると感じます。

不況であろうとBrexitであろうと、ビジネスチャンスは必ずどこかにあります。

英国でよく使われる「Keep Calm and Carry On」(*2)の言葉のとおり、 引き続き外部からの情報は大切にしつつも、自分の目を信じ、冷静に見極めることを心がけてゆきたいと思っています。

 

 

*1 

英国政府が”No Deal”のシナリオの場合、業界ごとにどんな変化が想定され、それに対し企業がどのような準備をしたらよいかを示したもの。

https://www.gov.uk/government/collections/how-to-prepare-if-the-uk-leaves-the-eu-with-no-deal

英国政府が”No Deal”の場合に輸出入や付加価値税(VAT)に対しどのような影響が考えられるかを示したもの。

https://assets.publishing.service.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/752979/Partnership_pack_-_preparing_for_changes_at_the_UK_border_after_a__no_deal__EU_exit__Edition_1.1_.pdf

 

英国商工会議所が発表したBrexitの影響測定用チェックリスト。

https://www.britishchambers.org.uk/media/get/Business%20Brexit%20Checklist.pdf

 

*2

Keep Calm and Carry On

第二次世界大戦中に英国政府が作成したポスターのキャッチフレーズで「冷静さを保ち、普段の生活を続けよ」という意味。2000年に古書店でこのポスターが発見された際に英国人の気質をよく表しているとして国民の共感を呼び、以来、マグカップ、カードなど様々なものにプリントされたものがよく売られている。